特殊タンク船による液体化学工業薬品の海上輸送

会社沿革

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大正4年(1915年)5月19日 永年勤務していた三上合資会社を円満退社し、甲斐緑個人経営
をもって、神戸市生田区(現 中央区)栄町通3丁目に「海運業・
甲斐緑商店」を創業、海運仲立業を独立自営する。
主として、大阪商船株式会社(現 株式会社商船三井)及び三井物産株式会社船舶部のシッピングブローカーとして、西貢・盤谷米、アンガウル及びクリスマス燐鉱石、サマール鉄鉱石、台湾糖、基隆炭、布袋嘴撒塩、印棉並びに米棉等の輸送仲介に従事する。
大正6年(1917年) 大阪商船株式会社並びに三井物産株式会社船舶部の海運仲介業
の傍ら、汽船不動丸(D/W2,600屯)、平和丸(D/W2,980屯)を
購入、永年の願望であった船主業にも進出する。
大正9年(1920年) 第一次欧州大戦後の不況により、不動丸を売却。
大正15年(1926年) 汽船讃岐丸(D/W7,850屯)を購入、大阪商船株式会社に傭船。
昭和7年(1932年)7月 汽船平和丸、朝鮮多島海沖にて座礁沈没、代船として大阪商船株式会社より汽船杭州丸(D/W4,610屯)を譲り受ける。
昭和8年(1933年) 汽船大速丸(D/W3,750屯)を朝鮮郵船株式会社より購入
昭和12年(1937年)6月 鐘淵紡績株式会社が同社防府工場並びに高砂人絹工場を新設、両工場でスフ・人絹の創業開始をするにあたり、当時の同社社長津田信吾氏(福井中学校同窓)の知遇を得、液体化学工業薬品類(硫酸、塩酸、苛性ソーダ液、二硫化炭素液等)の海上輸送を創めることになり、鋼製タンク搭載の木造機帆船(機帆船槽船)を仕立てると共に、『甲斐商事株式会社』を創立新発足する。
尚、硫酸及び二硫化炭素液は神島化学工業株式会社神島工場より、苛性ソーダ液は東洋曹達工業株式会社富田工場(現 東ソー株式会社南陽事業所)より輸送した。
また、高砂人絹工場生産の苛性ソーダ液を、同社防府工場及び淀川工場に輸送する業務にも従事した。
昭和12年(1937年)6月 鐘淵紡績株式会社の液体化学工業薬品類(硫酸、塩酸、苛性ソーダ液、二硫化炭素液等)の海上輸送のため、新たに鋼製タンクを日本ニューマチック工業株式会社(大阪市東成区)で製作、5隻の木造機帆船(神徳丸 詳細不明、第三丸岡丸39.91G/T、第五丸岡丸48.26G/T、第六丸岡丸42.36G/T、福丸53.31G/T)に搭載、機帆船槽船として輸送に当たる。
昭和13年(1938年)1月 鐘淵紡績株式会社の二硫化炭素液輸送用として、木造機帆船
丸岡丸(49.75G/T、40㎥)を原渡氏(三原市須波村、須波造船所の前身)により新造する。
昭和13年(1938年)6月 前掲丸岡丸に引続き、塩酸輸送用として木造機帆船第二丸岡丸(51.33G/T、43㎥)を同所にて建造。
昭和15年(1940年)5月 鐘淵実業株式会社(鐘淵紡績株式会社の関連会社)が買収併合
した、樺太・上塔路鉱業所出炭に係る樺太炭の輸送並びに朝鮮・元山鉄鉱石の海送業務を開始する。
昭和19年(1944年)3月 船舶運航体制緊急整備要領により、現存の船舶(汽船杭州丸、汽船大速丸)を以って、甲斐緑商店(船主業)を大阪商船株式会社に集約する。
昭和19年(1944年)10月 社名を「甲斐商事株式会社」から『甲斐機船株式会社』に変更。
昭和20年(1945年)2月 戦禍のため、本店を発祥地の神戸市生田区栄町から、同区海岸通5番地 大阪商船ビル (現 商船三井ビル) に移す。
昭和20年(1945年)3月 海運統制令の施行により、社船一切を挙げて統制会社「日本薬品槽船株式会社(資本金・1,000万円)」に現物出資する。
昭和22年(1947年)11月 創業者、甲斐緑が相談役に勇退、長男甲斐勝郎が代表取締役社長に就任。
昭和23年(1948年)7月 終戦後の独占禁止法並びに経済力集中排除の線に沿って、ひとまず日本薬品槽船株式会社船舶を当該出資各社において裸傭船し、夫々その自営に還元することとし、当社も7隻を同社より裸傭船して自ら運航することになる。
昭和24年(1949年)3月 東亜合成化学工業株式会社(現 東亜合成株式会社)坂出工場が生産する、塩酸及び苛性ソーダ液の海上輸送を開始。
昭和24年(1949年)9月 鐘淵紡績株式会社が企業再建整備法に基づいて、その繊維部門以外の非関連産業(化学工業他)を分離、鐘淵化学工業株式会社(現 株式会社カネカ)を設立したことにより、自動的に同社に帰属、同社高砂工場の苛性ソーダ液、塩酸等の海上輸送に当たる。
昭和24年(1949年)12月 徳山曹達株式会社(現 株式会社トクヤマ)徳山工場並びに旭硝子株式会社牧山工場生産の塩酸及び苛性ソーダ液の海上輸送を開始する。
昭和25年(1950年)9月 日本薬品槽船株式会社より裸傭船していた薬品槽船7隻を還元譲り受け、名実共に社船として自営運航することとなる。
昭和25年(1950年)9月 鐘淵紡績株式会社各工場納入の石炭の海上輸送に携わる。
昭和25年(1950年)9月 防府運送株式会社(鐘淵紡績株式会社防府工場関係輸送業者、現 防府合同運送株式会社)と提携、同社所有の木造機帆船5隻を受託、弊社が建造・所有の苛性ソーダ液輸送用鋼製タンクを搭載し、主として鐘淵紡績株式会社防府工場向けに運航する。
昭和28年(1953年)8月 機帆船名広丸(73.34G/T)を購入、硫酸輸送用タンク(60㎥)を建造搭載する。
昭和31年(1956年)1月 塩酸輸送用タンク(52㎥、内部東洋ゴム製ゴムライニング)を建造、機帆船第五丸岡丸に搭載する。
昭和31年(1956年)2月 機帆船美登里丸(91.16G/T)を購入、苛性ソーダ液輸送用タンク(74㎥)を建造搭載する。
昭和31年(1956年)4月 機帆船鐘寶丸(98.89G/T.、77㎥、硫酸)を大洋海運産業株式会社須波造船所で新造する。
昭和31年(1956年)5月1日 創業者、甲斐緑逝去。(享年79歳)
昭和31年(1956年)10月 機帆船福宝丸(63.18G/T)を購入、塩酸輸送用タンク(60㎥)を建造し搭載する。
昭和33年(1958年)1月 東亜合成化学工業株式会社が新たに徳島工場を建設、同工場生産の塩酸及び苛性ソーダ液の海上輸送に当たる。
昭和33年(1958年)1月 日清紡績株式会社徳島工場新設操業と共に、同工場向けに二硫化炭素液の海上輸送を開始する。
昭和35年(1960年)4月 弊社最初の鋼船、苛性ソーダ液専用タンク船、汽船第八丸岡丸(156.17G/T、86㎥、昭和34年12月24日起工、昭和35年2月27日進水、4月8日竣工)を、尾道造船株式会社(広島県尾道市)で建造する。
昭和35年(1960年)7月 汽船第八丸岡丸就航に伴い、機帆船第三丸岡丸を解撤する。
昭和36年(1961年)6月 柳井化学工業株式会社に専属配船し、二硫化炭素液の海上輸送を開始する。
昭和37年(1962年)6月 機帆船第六丸岡丸を解撤。
昭和39年(1964年)6月 硫酸専用タンク船、汽船第二鐘寶丸(198.60G/T、140㎥、3月4日起工、5月16日進水、6月10日竣工、尾道造船株式会社)を建造。
昭和39年(1964年)11月 汽船第二鐘寶丸就航に伴い、機帆船鐘寶丸を硫酸運搬船から苛性ソーダ液運搬船に転用。
昭和40年(1965年)8月 本社を大阪出張所の所在地、大阪市北区宗是町1番地 大阪ビルヂング内(現 北区中之島3丁目6番32号 ダイビル)に移す。
昭和40年(1965年)11月 武田薬品工業株式会社武田彰郎副社長の知遇を得、同社光工場が使用する塩酸、次亜塩素酸ソーダ液、苛性ソーダ液の海上輸送を受注、輸送開始の運びとなる。
昭和43年(1968年)3月 二硫化炭素液輸送中の機船(帆装撤去のため機帆船から改称)丸岡丸並びに機船福丸の代替として、汽船第三鐘宝丸(173.11G/T、110㎥、昭和42年12月2日起工、昭和43年2月21日進水、
3月26日竣工)を、向島造機株式会社(広島県御調郡)で建造。
機船丸岡丸及び機船福丸は引当解撤。
昭和43年(1968年)3月 機船名広丸を硫酸運搬船から苛性ソーダ液運搬船に転用。
昭和43年(1968年)11月 機船第二丸岡丸を解撤。
昭和44年(1969年) 汽船第十丸岡丸の沈没による船腹の逼迫から代替船建造が急がれ、向島造機株式会社に急遽依頼、3月17日起工、6月4日進水、7月3日竣工の 汽船丸岡丸(187.87G/T、204㎥)を建造。
昭和44年(1969年)12月12日 代表取締役社長甲斐勝郎逝去。(享年64歳)
専務取締役甲斐克也、代表取締役社長に就任
昭和44年(1969年)1月 鐘淵化学工業株式会社の依頼により、向島造機株式会社(広島県御調郡向島町)で1月25日に竣工就航した、汽船第十丸岡丸
(193,33G/T、苛性ソーダ液タンク船)が、同月27日、同社高砂工場で苛性ソーダ液210㎥を初荷として積載、大阪向け航海中、同日23時40分頃、明石海峡東方平磯灯浮標沖で転覆沈没、乗組員4名は附近航行中の船舶に救助されるも、機関長1名が行方不明となる。(三ヵ月後死亡認定。)
昭和44年(1969年)1月 機船第五丸岡丸を解撤。
昭和44年(1969年)1月27日 鐘淵化学工業株式会社の要請により建造した苛性ソーダ液タンク船、汽船第十丸岡丸(193,33G/T、210㎥、昭和43年9月21日起工、昭和43年11月21日進水、昭和44年1月25日竣工、向島造機株式会社)が、処女航海で沈没。
昭和44年(1969年)9月 機船名広丸を解撤。
昭和44年(1969年)9月 鐘淵化学工業株式会社の要請により、苛性ソーダ液運搬船、
汽船第五鐘寶丸(263.44G/T、264㎥、6月15日起工、9月18日進水、9月27日竣工、向島造機株式会社)を建造。
昭和45年(1970年)5月 鐘淵化学工業株式会社の要請により、苛性ソーダ液タンク船、
汽船第八丸岡丸(156.17G/T、86㎥)の船体を、三和船舶工業株式会社(現 株式会社三和ドック、広島県因島市)において船体を引き伸ばす。(197.19G/T、苛性ソーダ液128㎥)
昭和45年(1970年)9月 機船福宝丸を防府合同運送株式会社(昭和43年9月、防府運送株式会社より社名変更)に譲渡し傭船する。
昭和47年(1972年)4月 機船美登里丸を防府合同運送株式会社に譲渡、傭船使用。
昭和48年(1973年)5月 機船鐘寶丸を防府合同運送株式会社に譲渡、傭船使用。
昭和48年(1973年)8月 鐘淵化学工業株式会社の要請により、苛性ソーダ液運搬船、
汽船第八鐘宝丸(199.90G/T、307㎥、3月3日起工、7月20日進水、8月29日竣工)を、向島造機株式会社と契約、同社の技術指導のもと、岡山造船株式会社(岡山県和気郡))で建造。
昭和48年(1973年)8月 汽船第八丸岡丸を防府合同運送株式会社に譲渡、傭船使用。
昭和49年(1974年)6月 東亞合成化学工業株式会社の依頼により、同社坂出工場で生産される次亜塩素酸ソーダ液の海上輸送を受注する。
昭和50年(1975年)2月 鐘淵化学工業株式会社の要請により、苛性ソーダ液運搬船、
汽船第二丸岡丸(197.15G/T、304㎥、昭和49年10月起工、昭和50年2月7日進水、2月27日竣工、向島造機株式会社)を建造。
昭和50年(1975年)8月 鐘淵化学工業株式会社の依頼により、同社鹿島工場向けEDC
(二塩化エタン)の輸送に当たる。
昭和50年(1975年)11月 鐘淵紡績株式会社防府工場の設備縮小のため、原料の使用激減、二硫化炭素液専用船、汽船第三鐘寶丸を塩酸専用船として改造(176.03G/T、112㎥)使用。
昭和56年(1981年)3月 東亜合成株式会社の要請により、次亜塩素酸ソーダ液運搬船、汽船第五丸岡丸(189.96G/T、220㎥、昭和55年10月29日起工、昭和56年1月17日進水、3月24日竣工、向島造機株式会社)を建造。
昭和56年(1981年)4月 武田薬品工業株式会社より、次亜塩素酸ソーダ液運搬船の大型化の要請があり、防府合同運送株式会社に、汽船万栄丸(188,12G/T、219㎥、昭和55年10月17日起工、昭和56年2月21日進水、4月22日竣工、上島造船株式会社(広島県豊田郡))の建造を依頼、定期傭船する。
昭和59年(1984年)5月 戸田工業株式会社の要請により、株式会社淀川製鋼所から購入の硫酸鉄溶液運搬用に、第五しんぽう丸(171G/T、308㎥、高徳海運有限会社所有)を定期傭船し投入する。
昭和60年(1985年)3月 苛性ソーダ液運搬船、汽船第五鐘宝丸の代替船として汽船第六丸岡丸(198G/T、219㎥、昭和59年12月22日起工、昭和60年3月5日進水、3月25日竣工、興亜産業株式会社(香川県高松市)を建造。第五鐘宝丸引当解撤。
昭和61年(1986年)7月 三井物産株式会社が輸入契約した、サウジ苛性ソーダ液の大阪港内輸送に携わる。
昭和62年(1987年) 4月 武田薬品工業株式会社より、塩酸専用運搬船の大型化の要請があり、汽船第三丸岡丸(178G/T、219㎥、1月17日起工、3月31日進水、4月24日竣工、興亜産業株式会社)を建造する。
防府合同運送株式会社所有、弊社傭船の機船大統丸(188.38G/T、112㎥,塩酸)を引当解撤。
昭和62年(1987年)5月 汽船第三鐘寶丸を防府合同運送株式会社に譲渡、傭船使用。
昭和63年(1988年)10月 カネボウレイヨン株式会社(鐘淵紡績株式会社→鐘紡株式会社→社名変更)防府工場の操業停止に伴い、昭和12年より50余年に亘り続いた同工場への輸送に幕を閉じる。硫酸専用船汽船第二鐘寶丸の運航を、株式会社辰己商会へ委託する。
昭和63年(1988年)11月 苛性ソーダ液運搬船、汽船丸岡丸の代替船として汽船第一丸岡丸(199G/T、327㎥、8月6日起工、10月31日進水、11月28日竣工、興亜産業株式会社)を建造。丸岡丸引当解撤。
平成元年(1989年)3月 東亜合成化学工業株式会社の要請により、次亜塩素酸ソーダ液運搬船、汽船第五丸岡丸を東海運株式会社(徳島市)に譲渡。
(第二浪花丸と船名変更)
平成元年(1989年)10月 東亜合成化学工業株式会社の要請により、塩酸運搬船、汽船
第五丸岡丸(198G/T、112㎥、7月5日起工、9月6日進水、10月11日竣工、興亜産業株式会社)を建造。汽船三鐘寶丸(防府合同運送株式会社所有、弊社定期傭船)引当解撤。
平成2年(1990年)1月 汽船第二丸岡丸を、防府合同運送株式会社に譲渡、第二万栄丸と船名変更後定期傭船。
平成2年(1990年)1月 硫酸鉄溶液運搬船、汽船第五しんぽう丸(高徳海運有限会社所有)の代替船、汽船第五新宝丸(199G/T、400㎥、9月18日起工、12月1日進水、12月19日竣工、高徳海運有限会社所有、興亜産業株式会社)が完成。第五しんぽう丸引当解撤。
平成5年(1993年)9月 硫酸専用タンク船、汽船第二鐘寶丸の代替船として汽船第八丸岡丸(187G/T、191㎥、5月18日起工、7月27日進水、9月9日竣工、興亜産業株式会社)を建造、引続き株式会社辰己商会の運航委託とする。第二鐘寶丸引当解撤。
平成7年(1995年)1月 防府合同運送株式会社所有・弊社運航の苛性ソーダ液運搬船、汽船第二万栄丸の代替船として、汽船第二丸岡丸(296G/T、520㎥、平成6年10月7日起工、12月15日進水、平成7年1月30日竣工、興亜産業株式会社)を弊社が建造、防府合同運送株式会社には汽船第八鐘宝丸を譲渡、第三万栄丸と船名変更後定期傭船し、汽船第二万栄丸は防府合同運送株式会社が国内売船する。
平成12年(2000年)6月 鐘淵化学工業株式会社の船舶大型化計画に基づき、苛性ソーダ液運搬船、汽船第六丸岡丸(船名継承、432G/T、640㎥、2月9日起工、5月17日進水、6月27日竣工、興亜産業株式会社)を建造。汽船旧第六丸岡丸(198G/T)は、防府合同運送株式会社に譲渡、第六万栄丸と改名し定期傭船する。防府合同運送株式会社は同社所有の第三万栄丸を海外売船する。
平成16年(2004年)8月10日 代表取締役社長甲斐克也逝去。(享年69歳)
代表取締役専務甲斐克宙、社長に就任。
平成18年(2006年)3月 塩酸専用タンク船、汽船第三丸岡丸を、株式会社辰己商会関連会社、鈴鹿海運株式会社に大阪海遊館の海水運搬船として譲渡。
平成18年(2006年)4月 苛性ソーダ液運搬船、汽船第二丸岡丸(296G/T、520㎥)を
株式会社辰巳商会に定期傭船に出す。
平成18年(2006年)6月 苛性ソーダ液運搬船として、汽船第六丸岡丸と同型船舶、汽船MIDORI(433G/T、638㎥、2月2日起工、5月17日進水、6月28日竣工、興亜産業株式会社)を建造。
平成21年(2009年)4月 苛性ソーダ液運搬船汽船第二丸岡丸(296G/T、520㎥)

株式会社辰巳商会との定期傭船契約を解除。

平成21年(2009年)7月11日 入居中のダイビルが隣接地に立替建築中の新ビル(中之島ダイビル)が完成、移転する。
平成21年(2009年)11月 汽船第五新宝丸運搬中の硫酸鉄溶液が、産業廃棄物扱になり、取扱が戸田工業株式会社から株式会社淀川製鋼所に変更されたため、本船の運航者を鈴鹿海運株式会社に依頼し変更する。
平成22年(2010年)2月 苛性ソーダ液運搬船、汽船第一丸岡丸(199G/T、327㎥)を、シンガポールのHOCK SUN MARINE SERVICEに売却。
平成23年(2011年)10月 硫酸運搬船、汽船第八丸岡丸(187G/T、191㎥)を、有限会社アサキ海運に売却。
平成27年(2015年)4月 塩酸液運搬船、汽船第五丸岡丸(198G/T、257㎥)を
東ソー物流株式会社に定期傭船に出す。
平成29年(2017年)8月31日 苛性ソーダ液運搬船、汽船第六万栄丸(198G/T、326㎥)の定期傭船契約を解除。
平成29年(2017年)9月28日 塩酸液運搬船、汽船満津丸(199G/T、286㎥、4月11日起工、7月6日進水、9月28日竣工、興亜産業株式会社)を建造。
令和2年(2020年)4月30日 塩酸液運搬船、汽船第五丸岡丸(198G/T、257㎥)
東ソー物流株式会社との定期傭船契約を解除。
令和2年(2020年)7月 塩酸液運搬船、汽船第五丸岡丸(198G/T、257㎥)を解撤。
令和2年(2020年)7月31日 苛性ソーダ液運搬船、汽船丸岡丸(469G/T、664㎥、10月1日起工、5月8日進水、7月31日竣工、前畑造船株式会社)を建造。
令和4年(2022年)3月11日 苛性ソーダ運搬船、汽船第二丸岡丸(296G/T、521㎥)を、インドネシアのPT,NAGASAKTI TRANS SEGARAに売却。
令和5年(2023年)6月20日 苛性ソーダ運搬船、汽船第六丸岡丸(432G/T、640㎥)を海外売船。
令和5年(2023年)6月30日 苛性ソーダ液運搬船、汽船第八丸岡丸(469G/T、682㎥、12月21日起工、4月6日進水、6月30日竣工、興亜産業株式会社)を建造。

 

 

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